
私たちは千葉を中心に活動するアマチュア演奏家による室内楽を演奏するグループです.
演奏を楽しむことを最大の目的とし,また地域文化との交流も深めていきたいと考えています.
このウェブサイトでは私たちの音楽活動についての情報を発信しています.
活動ペースはゆっくりですが,ぜひ私たちの演奏会にお越しください.
こちらはたわごとコーナーです。
メンバーが思うがままにしゃべりまくるコーナーなのであまりおこらずに、広い心で見守ってやってくださいm(_ _)mご意見・ご感想などいつでも大歓迎です。
以前,楽器を買う前に弓にこだわってみよう,という趣旨のたわごとを書きましたが,今回は楽器本体についてです.
楽器の良い,悪いは人それぞれで見るところが違う場合が多いので一概に「こういうのが良い」とは言えないのですが, それでも共通して「こういうのはダメ・よくない」というのはあります.
その1は,テレビ・広告などの通信販売で出ていたりするあれ.質はかなり落ちます. その2は,楽器店にもよりますが,ちゃんとした管理をしていないところで買ってしまうと大変なことに. その3は,古い楽器ほど良い音がする,という神話.ストラディヴァリウスやグァルネリといった銘器は確かに古いものです. ただし,ああいった楽器は「丁寧に作られた」古い楽器だから良い音がするのであって,「雑に作られた」古い楽器はダメ. その4は,めったに見かけないので逆に貴重だったりします.
他にも木目がそろってない,魂柱の位置が変,修理されてるけど下手,などいろいろとありますが,じゃあどうやったら信用できる相棒を探せるのか, というのを次回書いてみようかと思います.
再び練習についてです.ちょっと長くなりますがお付き合いいただければ幸甚です.さて,この前は練習を始める前にやることについてでしたが, 今回は個人練習ではなくて,他の人とあわせるときのことです.
図を書いて説明しますね.下を御覧ください.それぞれ個人練習と合奏練習のときにすることを挙げてみました.人それぞれかとは思いますが,大体こんなところじゃないかな. 練習するときもこの順番で進めていくんじゃないかと.私は大体こんな感じです.
出発点になるのはとりあえず個人練習ですね.この曲やってみようか,っていう話が出て,パート譜をもらって 「来月のアタマあたりに合わせてみようか」なんて話をしながら散会するわけです.その後はそれぞれ思い思いに練習して 弾けないところをつぶしたり,音程の精度を高める練習をしたり,いろいろします.しばらくしてから集まって,各自で個人練習をして作ったものを合わせると. そうすると,大体グチャグチャなもんです.最初っから上手くいくことも,もちろんありますが,それでも物理的な精度なんかでは まだ甘いところがたくさん残ってたりします.それを解消するのに何回も通したり,部分に区切って何回もあわせたりしてズレをなくしていく.
問題なのは両方の3番目.曲のイメージをどうしようか,というところが一番大変です. 個人練習のときに「自分で考えたイメージ」と合奏練習のときに「みんなで話し合ったイメージ」をすり合わせていく作業です. そこで一番大事なのが,まんなかの色つきの部分.それぞれの練習でやったこと・考えたことをフィードバックさせながら,少しずつすり合わせていきます. すり合わせ方は,それこそ演奏に参加してる人たち次第でいくらでも方法があるでしょうから,特にここでは何も言う必要はないですね.
最後に,なんで1・2番には個人練習から合奏練習への矢印がないかというと,
個人練習の1・2番は合奏練習の時にはやってはいけないことだと思うからです
(合奏中にやったことを思い出して,個人練習でそれを繰り返すのは問題ないでしょう).
例えば,合奏中に譜読みを始めてはいけない.
例えば,合奏中に弾けないところを何度も練習してはいけない.
などなど.これを合奏中にやってしまうようだったら,すでにその曲は曲として成り立たないと思います.成り立つとしてもかなり遠い未来のお話.
みなさんは普段どんな練習をしてますか?
「演奏を聴く耳」の続きを書こうと思ったのですが,まとまらないので別のことを書きます.
えーと,タイトルですが,もちろん演奏についての.演奏会とか,ライブとか,聴きにいったら「良かった」とか「最高だった」とか「つまんない」とかいろいろ思うことがあると思います. 誤解を恐れずにいえば,そういう単純なのが「感想」.何が良かったか,何が悪かったか,という具体的なのが「批評」,です.
で,批評の何が難しいかというと,その伝え方です.まぁ,「ここが良かったよ」というのはいいんです.良かったよ,といわれて 悪い気はしませんよね.でも「ここが悪かった」っていうのはどうも言いづらい.もちろん言う側としては,ここをこうしたらもっとよくなるんじゃない?とか, ここの弾き方はもっと違うやり方のほうがいいよ,とか.とにかくその演奏をもっといいものに近づけるにはどうしたらいいかな,という意図で批評するわけです.
ここからが悲劇なのですが,たまに批評を非難と勘違いされてしまうことがあります.最近ではあまりありませんが, 何年か前に,やはり勘違いされて敵と認識されてしまったことがありました(笑).いや,笑い事じゃないです. 本来の意図と全然違う結果に,しかも相手と敵対してしまうという最悪の結果になってしまうのはやりきれません.
批評って,相手のやったことへの評価ですよね.する側にも当然責任はあるのですが,評価された人はそれを受け入れなければならない,的外れなものだったら 反論しなければいけない.そういうものだと思っています.それを繰り返していくことでどんどん成長していくことができるんじゃないかな.
当たり前のことなので,今更ここに書くことでもないんですが,突然書きたくなったのです. 許してやってくださいm(_ _)m
演奏を聴く耳.今回はこれについて少し考えてみました.
何が良い演奏で何が悪い演奏か,判断する基準はそれぞれバラバラですよね.どれが正しい,ということもありません. ただ,間違いはあると思うんです.
じゃ,どんな聴き方がいいの?これには大きな顔をして答えることはできませんが,私なりの回答をしてみたいと思います.
私の場合,一番気になるのは,本当に楽しんで弾いているか,その楽しさが伝わるように音楽がつくられているか. 前にもたわごとで書きましたが,演奏者の楽しさ・曲のよさを伝えたいという想いが伝わってこない演奏なんて きいてても全然楽しくないし,なんでやってるのかさっぱりわからない.知らない曲なら当然,知ってる曲ならなおさら.
それを判断する基準は何かというと,自分の音楽的な経験です.そんな,みもふたもない」と思われるかもしれませんが,結局ここしか頼るところがないと思うんです. 個人の持つ音楽的な資本の大きさとでもいうかなんというか.要するに比べるための材料を蓄えることが, 大きなポイントになるんじゃないかと思います.
ただこれだと,資本の質についての話が別に必要かもしれないなぁ・・・
うーん,結局まとまらなかった・・・
ここのコンテンツに「こんな人がいます」というところがあります. ここではEnsemble Larkに参加しているメンバーを紹介しているわけですが,傍目から見ると ちょっと気持ち悪いかもしれないなぁと.仲間を褒めてどうすんの?ってな具合で.
でもね,ホントに一緒にやってて良かった,って思える人たちばかりなのです.それぞれやってることも違うし,持ってるものも考えてることも全然違うけど,音楽が好き,っていう想いで集まった人ばっかり. 演奏会の時も,本番までそれぞれがどんな練習してるのか全然わからないこともあるけど, 出てきたものを聴くと,あーいいなぁ,って素直に思える演奏をしっかりやってくれる なかなか得がたい人たちです.
もちろん仲は良い(はず?!)ですけど,それだけじゃない.音楽に対する想いを共有できる 最高のメンバーではないかと思っています.
・・・ということをわかって欲しいというか,いっておこうというか. というつもりだったのですが,失敗だったかな(笑)?
今日はちょっと趣向を変えて,冗談をひとつ.
ある日,K君は演奏会に行きました.
その日はとても上手な人が出ていたので,どんな風に弾いてるんだろう,と耳を傾けていました. しかし,聴いていると,なんだか変です.どうにも腑に落ちないところがたくさんあります.
K君は思います「何でだろう.あんなに上手なのに」
そこで,思い当たることがあったK君は目を閉じてみました.
その後,K君が言った言葉は
「なーんだ,そういうことね」
・・・ちょっとブラックだった?
生の演奏で,みなさんは何が一番印象に残りますか?
スピーカーからではなく楽器から直接聴こえてくる響き,会場の雰囲気,演奏者たちによるすばらしい演奏,いろいろあると思います.
私にとっての生演奏の魅力は,演奏が終わった後の静寂.余韻です.演奏が終わって,音がもう消えてしまった後,かなりの人数がいるのに 物音ひとつしない会場.自分の心臓の音まで聴こえてきそうな静寂が広がる.そして,不意にわきおこる拍手.もちろん,演奏がすばらしければすばらしいほど, その静寂にもたとえようのない魅力を与えてくれます.
ここでひとつ文句を言うと,演奏が終わると同時に,我先にと拍手始めたり「ブラヴォー!」って叫んだりする人いますよね. 私は,そういう人が苦手です.せっかくよい演奏を聴けたのに,一気にそれでモチベーションが下がってしまいます. アンコールでそれをやるのは全然かまわないんですけど.
久しぶりの更新になりました.今回は,「演奏会」について.
どこの演奏グループでもそうだと思いますが,やっぱり演奏会,あるいはライブって開きますよね.自分たちの音楽への想いとか,音楽の楽しさみたいなものを表現する場としての演奏会. で,グループによってその想いだとか,表現のスタンスはいろいろだと思います.そういうスタンスってそのグループの核になるはずですよね.
そうすると,演奏グループにとって表現のスタンスみたいなものを明確にしておく,少なくともメンバー同士で演奏に対する意識を話し合っておくことは,非常に重要なことだと思います.
ちょっと視点を変えてみます.演奏会ってどんな場所でしょうか.私は演奏会というのは結果だけが見える場所だと思います.
「去年聴きに来たときよりずいぶん上達したなぁ」
っていう聴き方も,ようは努力の成果に対する評価であって,やはり結果を見ている(聴いている)わけです. お客さんの立場になって考えてみると,「練習の成果」は聴きたくても「練習」は聴きたくないですよね.少なくとも私はそうです. 楽器の技術はおいておくにしても(どうでもいい訳ではない),演奏者の楽曲に対する想いだったり,楽曲・音楽への共感がちっとも感じられない演奏なんて,聴いても「で?」としか言えません.
何を言いたいのかというとですね,最初にも書きましたが演奏会は表現の場であるべきなんじゃないかな,ということです.当然といえば当然のことなのですが, 案外忘れがちなことなのかもしれないと思うんです. 定期演奏会みたいに年に1回2回の演奏機会を確保していたりすると演奏会を開くことが次第に義務化していくこともあると思います. 本来は表現するために開いていたはずの演奏会なのに, 開くことが目的になっていってしまう.そんな演奏会は演ってるほうも聴いてるほうも,楽しくないですよね.
・・・と言ってしまうのはちょっと偉そうな気もしたのですが,自分への戒めも込めて.
今回はこのサイトについてです.といっても別にHTML講座とか,苦労話をはじめるわけではありません,はい.このサイトでこんなことをしてみたいなぁ,というのをつらつら書いてみようかと.
Ensemble Larkという集まりは,実体のない,ただの個人が集まってできたグループです.Ensemble Larkとしての主張は,「音楽を楽しみたい」「いい演奏をしたい」.これだけです. このHPを開いてからLarkとしての主張は一生懸命してきたつもりです.でも参加しているそれぞれのメンバーの主張は あんまりしてこれなかったのかな,という気が最近しています(必要ないことなのかもしれませんが).
そんなLarkが演奏会以外で聴衆の人たちと交流できる場所,参加している個人の主張を表明できる場所, そんな場所にHPがなればいいなぁ,と思っています.この「たわごとコーナー」や「音楽鑑賞コーナー」,「ハンガリー音楽奇行」はそのひとつと捉えています. 今のところ時間的にも(管理人の)能力的にもそれは許されていませんが,いつかそれが実現できるといいなぁ,と考えています.
前回に引き続きまして、弓だけを先に買うことをお勧めする理由です。
よい弓というのは、軽い、弾いていて疲れない、などの特長があります。逆に悪い弓は重い,弾いていてすぐ疲れる、など演奏者にとってよいことがありません。 特に楽器を始めたばかりの初心者にとっては、ボウイングの練習が主になるため、この差はかなり大きいといえるでしょう。
弓はもちろん木を使って作られますが、ご存知のように木は木目や剛性などにおいて非常に個体差が大きいのです。 したがって弓に使うのに適した木とそうでないもの(本体を作るにしてもそうですが)がでてきます。よい弓はこのことをしっかり踏まえたうえで作られています。 ですから、本体にお金をかけられなくてもしっかりした使いやすい弓をとりあえず買って練習しておいたほうが、後々差が出にくいのではないかと思います。
どうしても本体の箱のほうが重要に見えてしまうかもしれませんが、音を出すことに注視すれば弓が最も重要といって良いと思います。箱と比べれば弓のほうが値段は安いですし、 弓だけに集中して選ぶことができるので、これから楽器を買おうと思っている方がいたらこちらを強くお勧めします。